東京大学ソフトボール部 ブログ

東大ソフト部のブログです
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自己紹介ブログ(和泉砂絵)
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    はじめまして。先日入部しました、466人目・マネージャーの和泉砂絵と申します。


    名前 和泉砂絵

    生年月日 2000718

    出身 北海道札幌市

    所属 教養学部文科一類

    出身高校 札幌光星高校

    スポーツ歴 水泳、バドミントン

    ポジション マネージャー


    以下では、自分の生い立ちや入部同期について簡単に書きたいと思います。


    私は、北海道の札幌市で生まれ育ちました。親の転勤なども1度もなく、ずっと札幌の東区です。これは自慢なのですが、幼・小・中・高とずっと徒歩圏内の学校に通っていたので、定期券なるものを手にしたことがありません。大学でも徒歩圏内に住んでいます。


    幼稚園・小・中学生の頃には自分の好奇心から様々な習い事にも通わせてもらいました。幼稚園〜小学生の頃はピアノ・体操・水泳・絵画(通ったのに、絵は苦手です)に加え、自分の意思で塾通い。そして中学生の頃には習字に通い始め、部活はバドミントン部に入部します。

    しかし、たくさんの習い事をしたにも関わらず、ほとんどの習い事には直ぐに飽きてしまい、中学卒業時点で続けるに至った活動はピアノと塾のみ。小さな頃から楽しいことはやりたいけど楽しくないことは直ぐにでもやめてしまう、そんな子供でした。


    このように甘やかされて育った私ですが、中学3年生のときに転機が訪れます。それは祖父の生い立ちを初めて聞いたときでした。

    「祖父は国後島の出身だった」

    「祖父は中学2年生で特攻隊に志願した」

    教科書の中の世界を身近なところで体験した私は、思いつきで広島へ行き平和学習のツアーに参加します。そして直感の赴くままに高校では高校生平和大使の一員となり国連欧州本部でスピーチをしました。更にその年の暮れには1ヶ月オーストラリアに語学研修に行き、高3の時にはなりゆきで生徒会長になりました。そして担任の勧めで東京大学推薦入試を受験し、運良く法学部に合格しました。


    大学に入学した私は「マネージャーやってみたい!」と思いつきますが、1つ壁にぶつかりました。東大女子がマネージャーをやっている部活・サークルは非常に少ないのです。

    陰キャかつコミュ障な私は一歩踏み出せずに、新歓期を逃します。

    そしてノンサーのまま退屈な日々を過ごしていました。


    マネージャーやりたい欲が極限まで高じたある日、私はTwitterにマネージャーをやりたかった旨をツイートしました。


    すると翌日、見覚えのないアカウントからDMが届きます。


    「突然のDM失礼します。マネージャーをやりたいというツイートを見たので、連絡しています。


    ……正直、一瞬怪しい人かと思いました。

    しかし、よくよく読んでみると、


    「僕は東大運動会ソフトボール部の笹川というものです。現状女子大のマネージャーしかいませんが、東大の方でもokです。ソフトボール部は人数不足の関係で、いつでも部員やマネージャーを募集しています。一度検討してみて頂けませんか?


    そう。このDMを送ってきた人物こそ、我らが笹川君です。

    こうして、Twitter上での勧誘を経たのち、私は練習見学を行い、入部を決意しました。


    まさか自分が、Twitterをきっかけに運動会の部活に入部することになるとは大学入学時点では夢にも思っていなかったです。しかし、この偶然の巡り合わせを大切にしながら、途中入部の私を快く受け入れてくれたチームに恩返しをしていきたいと考えています。


    私の座右の銘は「二兎を追う者しか二兎を得ない」です。これは、タバコか何かのキャッチコピーだったかと記憶していますが、CMで見たときに感銘を受けて、それ以来この言葉を心に持ち続けています。この言葉を胸に、部活内でも外でも二兎どころか三兎、四兎と追っていける勇猛果敢な人間になれるよう努力していきます。


    まだまだ未熟な私ですが、早くチームの信頼を得て、プレイヤーに「いると楽だな」と思ってもらえるようなマネージャーになることを目指しています。そのために、平日の練習に参加しやすいといった利点も生かしつつ、自分にできることを精一杯やっていきます。


    最後になりますが、私が入ったことで46期は6名になりました。少ない人数ですが、これから長い時間を共に過ごすメンバーです。しっかりと信頼関係を醸成し、頼りあえる仲間になりたいです。


    これから、どうぞ宜しくお願い致します!

    | 46期 | 21:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP
    Happy Birthday!! 小都美ちゃん!
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      本日、7月12日は46期マネージャー、橋本小都美ちゃんの19歳の誕生日です!おめでとう🎉

       

      それでは早速、ことちゃんの回答をどうぞ!🙌

       

      ・入部してもうすぐ2ヶ月になります、当初の部のイメージと今とで何か変わりましたか?

      →人見知り人間なので、入部当初は怖そうな人が多いなと思っていましたが、今は全然そんなことなくて優しい人が多いなと思っています!

       

      ・ソフトボールのどんなところに競技の魅力を感じますか?

      →ベース間が短いので、テンポの早い試合展開が多く、試合中の独特な緊張感に魅力を感じます。

       

      ・部員の名前は覚えられましたか?

      →とりあえず、名字は完璧です!!

       

      ・話しかけやすい先輩プレイヤーは誰ですか?

      →自分から話しかけたことが記憶にないので、頑張ります!

       

      ・ゆずき先輩は怖いですか?

      →全く怖くないです!!!!とっても優しすぎる先輩です!!!いつも本当にありがとうございます!

       

      ・おすすめの本は?

      →上橋菜穂子さんという方が書いた本はどれも面白いです。内容に引き込まれます。小学生の時に出会ったのでそこまで難しい内容ではないですが、解釈の仕方が歳を重ねるごとに変わってくるので何回読んでも楽しめます。

       

      ・好きなスポーツ選手はいますか?

      →高橋由伸さんです!!あとは山下佐知子さんという女子長距離指導者を尊敬してます。

       

      ・高橋由伸の魅力ってどんなとこですか?

      →色々ありますが、直近で思い入れが深いのは、やはり監督を打診されたことです。引退試合もなく、監督を受け入れる決断をしたことに漢・由伸を感じます。彼は若手が絶対的に育っていないというチームの状況をよく理解していました。由伸がいなければ、今の岡本はありません。岡本に限らず、由伸の指揮の下で強くなった選手には、由伸の背中を追い続けてほしいです。

       

      ・おすすめのドラマは何ですか?

      →ドラマ全く見ないので分からないです....

       

      ・千葉の魅力を教えてください!

      →ないところが魅力です。しいていうなら、チーバ君のどこらへんって言ったら、千葉県民には大まかな位置が伝わるところでしょうか。

       

      ・好きな季節は?

      →秋です。過ごしやすいです。

       

      ・好きな動物はなんですか?

      →この前、ツイッターでパンダの片足だけ落ちそうな写真を見ましたが、可愛くて悶えました。

       

      ・好きなスイーツはなんですか?

      →おせんべいです!!甘いもの(生クリーム系)は苦手なので....

       

      ・大学生は楽しいですか?

      大学生活は充実してますか?

      →とっても楽しくて、毎日がとぶようにすぎています。充実していると思います。

       

      ・学校の講義はどんな感じですか?

      →おじさん先生が可愛いです。興味のある分野なので、どの講義も深く学べて楽しいです。

       

      ・ボールを磨いている時何を考えていますか?

      →プーさんの輪郭を思い出してます。

       

      ・最近1番嬉しかったことは何ですか?

      ・最近Happyな出来事はありましたか?

      →初めてオールできたことです!友達が手伝ってくれました!

       

      ・自分へのご褒美には何をあげますか?

      →プーさんと寝ます!

       

      ・休みの日の過ごし方を教えてください

      →音楽聴いて、楽譜におこしてます。

       

      ・同期と仲良くなった?

      →この前、初めて同期会があって会話することに成功しました!

       

       

      46期唯一のマネージャーのことちゃん☺

      私と誕生日が近くてなんだか嬉しいです❁

      「ゆずき先輩は怖いですか?」なんて答えづらい質問をした私の同期は叱っておきました。笑

       

      ことちゃんは練習でも試合でも、いつもテキパキと動いてくれて本当に助かります!

      これからたくさん遠征あるけど、移動中とかたくさんお話ししようね☺

       

      楽しいラストティーンになりますように😘


      長谷川佑好 (45期)

       

      | 46期 | 07:12 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP
      自己紹介ブログ(吉川将生)
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        はじまして、46期五人目、最後の自己紹介ブログを投稿します、吉川将生です。

        まずは、カンタンなプロフィールを紹介します。

         

        名前吉川将生

        生年月日20001118

        出身大阪府大阪市

        出身高校私立西大和学園高校(奈良)

        スポーツ歴体操・水泳テニス卓球

        ポジション外野手

         

        まずは、少し僕の生い立ちについて。僕は生まれは祖母の家のある山梨県であるものの、その後すぐ大阪に移り、小学校1年生、2年生に一時的に東京の小学校転校するものの、それ以外はずっと大阪で育ちました。大阪の都心部で育った、一点の曇りのない都会っ子です。なので田舎ののんびりとした暮らしに密かな憧れを持っています。まあ、でもそんな都会暮らしの中でも、放課後や休日は、家の近くに長居公園という有名な大きい公園があったのでそこに遊びに行き友達と遊んだりしていて、そこそこのびのびと育ったのではないかと思います。

         

         次は、僕のスポーツ歴、勉強歴について。まずはじめに言っておきたいのが、僕は運動神経というものが皆無だ、ということです。これは今から語る僕のスポーツ歴を見ていただければ、と思います。

         まず、僕は幼稚園の時は水泳、体操教室、ピアノ、くもんなど、鬼のように習い事をしていました。しかし、水泳は顔を水につけるまでに3ヶ月かかり、体操教室は3年間通ったものの逆上がり、二重跳びはいつまでたってもできませんでした。ピアノも3年で両手に移る段階に進まず、この3つの習い事は幼稚園3年間はやり通したものの、卒園と同時に辞めてしまいました。(くもんだけは嫌々ながら小学校に入ってからも続けました。)小学校に入ってからは、テレビで見ていた「テニスの王子様」に影響を受けてテニススクールに週一で通い始めました。自分からやりたいと言い出したからなのか、それともテニスの王子様のキャラクターという目標とするものがあったからなのか、テニスは僕にとって、初めての苦でない習い事であり、毎週楽しみに通っていました。そのため、中学校受験の勉強に専念するため小5の冬にやめてしまうまで続けることができました。また、勉強面では幼稚園から続けたくもんの甲斐もあって、中学受験をすることになり、小4から塾に通い始め、第一志望の奈良県にある西大和学園中学校という中高一貫校に合格することができました。中学校に入った時には、当然、テニス部に入ろうと思っていましたが、友達の、テニス部は一年生の間は雑草抜きばっかりさせられる、という一言であっさりと入部を断念しました。そしてその友達の勧誘から、特に何も考えずに卓球部にはいりました。西大和の卓球部は顧問はいるものの、指導してくださるコーチの方はおらず、奈良県のなかでも最弱と言われていました。そのため、練習もグダグダで、唯一誇れるのが幽霊部員の数No. 1くらいのことでした。僕はそんな中でも、練習は毎回行き真面目にやっていた方でした。なので、僕は部活の同級生の中でもダントツで弱かったんですが、リーダーという役職につき、高211月の最終引退の時期まで諦めずに続けることができました。(最後の試合は勝利で終わることができました!)そんなこんなな悲惨なスポーツ歴でしたが、その中でも学んだことが1つ、それは継続する力です。どんな状況下でも諦めずに続けていれば、どんな形でも最終的には自分にとってプラスの結果に繋がる、ということに気がつくことができました。それで今も「千里の道も一歩から」という言葉を座右の銘に生活しています。

         

        次は僕がなぜソフトボール部に入ろうと思ったのかについて。僕が野球、ソフトボールというものを知ったのは小学校二年生の時に開催された第2回のWBCをテレビで見た時でした。そこで初めて、昔野球部だった父から野球のルールを教えてもらい、その父の影響を受けて阪神タイガースを応援することになりました。しかし、野球選手に対してかっこいいなという感情はもったものの、自分でプレーしようと思うことはありませんでした。大学に入った当初も、野球やソフトボールをやるつもりは全くなく、テント列やサーオリも参加しませんでした。当初は世界を目指せるということに惹かれ、元から武道系の競技に興味があったので、躰道部に入ろうと思い、5月中旬くらいまで練習に毎回行っていました。しかし、躰道部は留学が認められないと聞き入るのを断念しました。中高でグダグダな部活に入っており、部活に打ち込んでいる人たちに憧れを持っており、大学では運動部には入ろうと決めていたので、再び運動部の見学を始めました。そして、おなクラにソフトボール部に入っている友達がいたこと、スポ身でソフトボールを選択していたことなど、取るに足らない理由から、そこで初めてソフトボール部を見学しにいきました。そこで少人数でアットホームな雰囲気、練習の中で感じたいい緊張感、そして何より先輩方の指導の下、ソフトボールが上達している実感、ソフトボール自体の楽しさに惹かれて入部を決断しました。46期の中では唯一の野球、ソフトボール初心者で、チームスポーツ歴もなく、まだまだ学ぶことが多い段階ですが、入部したからには一刻も早く周りに追いつきチームに貢献できるような選手になれるように精一杯努力していきます。

         最後になりますが、46期は5人と少ない人数ですが、その分お互いを深く理解し信頼し合えるような関係になれると思います。先輩方の背中を追いかけ、同時に将来のソフトボール部を引っ張っていけるような世代になっていければ、と思っています。

         これからも東大ソフトボール部ならびに46期の応援をよろしくお願いします!

        長文失礼しました。

        次回の更新もお楽しみに!

         

        | 46期 | 12:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP
        自己紹介ブログ(橋本小都美)
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          初めまして。こんにちは!

          46期4人目の投稿です。

          橋本小都美と申します。

          まずは簡単なプロフィールを。


          名前 橋本小都美(はしもとことみ)

          生年月日 2000年7月12日

          出身 千葉県我孫子市

          所属 東京女子大学

          出身高校 千葉県立東葛飾高校

          スポーツ歴 水泳(6年ほど)長距離・駅伝(中学・高校)

          ポジション マネージャー


          私の出身は我孫子市ですが、栃木県で生まれ、すぐに香川県に引っ越しました。その後、5歳の頃に東京都に1年間住み、6歳から我孫子に定住しています。

          我孫子市は特に何もない場所ですが、静かで落ち着いた街です。都内にも電車1本でいける便利なところで、私はのんびりした雰囲気が好きです。大学の最寄駅の西荻窪からは少し遠く、1日に4時間近く通学に費やしますが、読書など、まとまった時間を充てられることもいいことだと思っています。


          少し、私の運動歴について話したいと思います。私は小学生の頃から運動が大好きで、学校の休み時間は鬼ごっこで走り回り、休日は父や兄弟と公園で野球やサッカー、バレーボール、走るなどして遊ぶことがしょっちゅうでした。兄1人、弟2人という家族を持ち、遊び相手は常にいる状態です。何においても負けることが悔しいという感情はそこで芽生えました。小2の頃に父と出たマラソン大会が楽しく、そこから高3まで長距離を走り続けました。中学の時に駅伝に出会い、強いメンバーに恵まれたこともあり、全国出場という目標に向かって練習しました。その時、チーム全体で勝ちきることの難しさ、仲間があることの素晴らしさを感じ、チーム競技っていいなと思いました。それまでは長距離という孤独な戦いをしてきたので余計にそう感じました。駅伝はチーム競技です。しかし、長距離をはどうしても個人がどれだけ強くなれるかに重きをおく競技でした。ですから、だんだんとチームで助け合える競技に憧れました。


          ここからは、入部動機にも繋がるのですが、入学してから野球をやりたいなと思っていました。ですが、女子でプレーできるところはなかったので、友達に誘われたりとかでサークルの新歓に何個か行きました。全てが同じというわけではありませんが、だらだらと緩く運動して、お祭り的なノリに気圧されてしまい、私には合わないんだなと悟りました。じゃあ、どうするか、もらったビラを眺めていたら、このソフト部を見つけました。とりあえず、見学してみようと思い、行ってみたら、先輩はとても優しく、部の雰囲気もメリハリがついていていいなと直感的に思い、入部を決めました。


          分からないことだらけですが、プレイヤーにとってベストなパフォーマンスができるような環境を作れるように精一杯サポートしたいと思います。46期は5人、マネは1人ですが、先輩方に比べ遜色ないと思われるような活動をしていきたいです。


          これからもソフトボール部をよろしくお願いします!

          最後までご覧くださりありがとうございました。

          次の投稿もお楽しみに!

          | 46期 | 19:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP
          自己紹介ブログ(竹村育真)
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            初めまして、46期3人目の自己紹介ブログを投稿します、竹村育真と申します。
            名前 竹村育真(たけむら いくま)
            生年月日 2001年2月24日
            出身 京都府京田辺市
            出身高校 府立嵯峨野高校
            スポーツ歴 空手、軟式野球(小、中学校)
            ポジション 三塁、遊撃
            僕は、京都府、大阪府、奈良県の3府県の境に位置する珍しい街、京田辺市から参りました。
            そもそも京都府出身の東大生は少し珍しいようで、こっちに来てからは京都府出身だと伝えると「京大にしなかったんだ?」と言われることがありますがなんと返せばよいのかわからず困っています。京田辺市について、「一休さん」ゆかりの酬恩庵、通称一休寺があることや、北陸新幹線の新駅建設が検討されていて今キテいる街であることはあまりにも有名ですが、実家の周辺は緑の豊かな場所で、僕は小学生のときにはよく裏山に遊びに行って探検ごっこをしたり、ロープをブランコにして遊んだりして伸び伸びと育ちました。スポーツに関して言えば、京田辺市はハンドボールというスポーツが非常に盛んな地域で、自分の周囲でも活発な友達はみんな小2、3くらいからハンドボールのクラブに入って厳しい練習に取り組んでいました。ですが、僕はハンドボールには興味を持つことはなく、空手の稽古に取り組んでいました。
            そんな僕がはじめて野球に興味を持ったのは「パワプロ」というゲームがきっかけだったと記憶しています。友達に誘われて対戦モードでプレーしたとき、なんとなく選んだチームの1番バッターの能力値の高さに興奮し、意味もよくわからないまま彼に憧れました。ちなみにそれは当時ヤクルトスワローズの青木宣親選手で、その影響で今でも僕はヤクルトを応援しています。そんなわけで僕は野球を始め、空手のほうで黒帯を習得してからは一層野球に打ち込み、中学校の野球部では毎日練習に取り組みました。そこではチームに迷惑をかけたり、あるいはチームメイトのミスをカバーしたりする中でチームプレーの大切さ、難しさを学びました。最後の大会で頂いた背番号6は今でも大切に保管しています。
            僕は地元の公立中学校に通っていたので、高校受験を経て嵯峨野高校に入学しました。高校受験を通じてはじめてしっかりと取り組んだ勉強に興味がわいたこと、肘を痛めた苦い経験、遠距離の通学など、いろいろ考えた結果ここが辞め時だと思ったので野球はしませんでした。高校でしっかり勉強を頑張ってみると案外適性があったようで、地方の公立高校から東大に合格することができ、今に至ります。
            次に、ソフトボール部への入部動機と意気込みを書かせていただきます。
            僕は当初、大学で運動会に入る気はありませんでしたが、タダ飯目当てで参加したソフトボール部の練習にとても充実感を感じ、興味を持ちました。そして2回目の練習参加の後、勢いでその日の確定コンパに参加し、なんとなく同期とも仲良くなれたので覚悟を決めて入部しました。確固たる意志をもって入部したわけではありませんが、入った以上は部として活動する自覚を持ち、真剣にソフトボールに向き合い、楽しんでいきたいと思います。そして、肝心の技術面についてですが、生まれ持っての不器用さに3年間のブランクが加わり、現状の僕は悪い意味でとんでもない選手であると自覚しています。現役の先輩方やOBの方々にご指導いただきながら、そして同期のハイレベルなプレーに刺激を受けながら、試行錯誤の毎日を過ごしています。先輩方のサポートを受けながらグラウンドに立っている今の状況を乗り越え、いわば選手として自立することをひとまずの目標として頑張っていきたいと思っています。
            最後になりますが、46期は5人で協力し合い、切磋琢磨しながら互いを高めあっていけるような世代にしたいと思っています。
            これからも東大ソフトボール部、そして46期の応援をよろしくお願いします。
            以上で僕の自己紹介ブログを終わります。長文、乱文失礼しました。次回の更新もお楽しみに!
            | 46期 | 14:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP
            自己紹介ブログ(柴田大雅)
            0

              こんにちは。46期2人目の投稿となります柴田大雅です。プロフィールから紹介したいと思います。

               

              名前 柴田大雅 (しばたたいが)

              生年月日 2000年10月26日

              出身 神奈川県横浜市

              所属 理科一類

              出身高校 聖光学院高校(横浜)

              スポーツ歴 小3〜小5 サッカー 中高 軟式野球

              ポジション 捕手 遊撃手

               

              自分は生まれも育ちも横浜で生粋のはまっ子です。ですが、横浜でも田舎の方で育ったため、皆さんの想像されている港町横浜の生活とは程遠い生活を送っていました。(出身小学校は三方を畑に囲まれ一方が川という田舎ぶりです)

               

              小学生の時、友達が多くサッカーをやっていたので、興味本位でサッカーを習い始めました。ボランチというポジションを任されましたが、あまり上達することができなく、また中学受験を控えていたため小6になる前にサッカーをやめてしまいました。その頃、両親には小さいころからプロ野球の試合(このころのベイスターズは暗黒期です)に連れて行ってもらっていたので、中学では野球をやろうと思いました。猛勉強の結果、無事に第一志望の聖光学院に合格して、軟式野球部に入りました。その頃の野球部は一学年40人余りと非常に人数が多く、自分は初心者であったので苦労しましたが、中学の最後の大会ではレギュラーとして試合に出ることができました。

               

              中学から高校に上がるとき、多くの部員はやめていきましたが、野球が好きだったので野球部に残り、野球を続けました。しかし、そこで待っていたのは、中学のころとは比にならないくらいつらく、厳しい練習でした。冬の練習では、陸上部かと思われるほどの走り込みをし、体幹トレーニングなどは想像を絶していました。そのようなトレーニングの効果もあって、野球の技術面だけでなく、精神面でも成長することができ、先輩たちの試合に出ることもできました。しかし、緊張のせいか何もできずに終わり、先輩の最後の大会も自分のせいで負けてしまい、とても悔しい思いをしました。自分たちの代になって、副キャプテンになり今度は自分がチームを統括する立場に回りました。しかし、チームもあっさり負ける試合が多く続き、最後の公式戦でも9回に追いつかれ、延長で逆転され、負けてしまい一瞬で引退する時期が来ました。(恥ずかしながら、高校の公式戦では30打席くらいありましたがノーヒットです)引退と同時に、受験生生活が始まり、東大の学部、学科の多さにひかれ東大を志すようになりました。周りの同期もほとんど東大志望であったので、勉強はとてもやりやすかったです。そして、先生のご指導や両親の支えがあり、東大に入学することができました。

               

              大学に入ってからは、新しいことを始めようと思いました。高校の先輩の勧誘もあって、最初はラクロス部に入りました。しかし、ゴールデンウィーク明けあたりから、「野球をもう一回やりたい」という思いが強くなり、チームの雰囲気やソフトボールの楽しさに惹かれ、ソフトボール部に転部しました。軟式のボールとは違って、ソフトボールは大きく、硬く、握り方も定まりませんし、何よりもピッチャーの球の質が全然違うのでバッティングではいつも苦労しています。慣れないことばかりですが、ソフトボールは楽しいという思いを胸に、そういった困難を乗り越え、チームメイトから立派な選手といわれるように日々頑張っていきたいと思います。

               

              最後になりますが、46期は5人と人数が少ないですが仲良くやりながら、先輩たちを追い抜いてどんどん活躍していきたいと思っています。46期、そしてソフトボール部をこれからもよろしくお願いします。最後まで読んでいただきありがとうございました。

               

               

               

              | 46期 | 21:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP
              自己紹介ブログ (笹川 遼)
              0

                初めまして、こんにちは。46期一人目の投稿となります笹川遼です。

                 

                名前 笹川遼 (ささがわ りょう)

                生年月日 2000年5月20日

                出身 北海道小樽市

                所属 文科3類

                出身高校 私立北嶺高校

                スポーツ歴 小4〜高3 軟式野球

                ポジション 捕手 外野手

                 

                生まれは北海道の小樽市ですが、すぐにドイツへと引っ越し、2年間を過ごします。その後、和歌山県で3年位、台湾で2年位を過ごし、北海道に戻ってきました。ドイツでの記憶はもちろんありませんし、台湾では日本人学校に通っていたため、中国語を話すこともできません。

                 

                僕が野球に興味を持ったのは、小4の時です。祖父と共に、日ハムの試合を見ているうちに、自分でもやってみたいと思うようになりました。すぐに地元の少年野球チームに入り、野球漬けの日々が始まりました。小6の時には、チーム初となる全道大会出場&全道ベスト8を達成しました。

                 

                野球を続けながらも、兄の影響で受験勉強を行い、中高一貫の男子校である北嶺高校に入学することができました。(学校、部活ともに、濱舘さんの後輩にあたります。) 中学でも迷わず野球部に入部しましたが、進学校ということもあってか、部活への熱意はそこまで高くなく、中体連では一勝もできずに終わってしまいました。さらに、肘のケア不足や崩れたフォームで2塁送球などを繰り返していた影響で、離断性骨軟骨炎というかなり重い野球肘になってしまい、手術+約1年のリハビリを余儀なくされてしまいました。怪我などの影響で、野球に対するモチベーションが下がってしまい、高1、高2、の2年間は野球に触れない生活を送っていました。しかし自分の中にも、野球に対する未練のようなものがあったようで、自分たちの代になったときに野球部に復帰し、チーム全体で限られた練習時間を有効に使い、創部30年で初となる全道大会に出場することができました。全道大会で仲間とともに、旭川で試合をしたことを本当にいい思い出になっています。

                 

                野球部を夏に引退してからは勉強に本腰を入れ、模試はとんでもない成績でしたが、センター試験でたまたま上手くいき、その流れで東大受験を決意しました。そしてなんとか文科3類に合格することができました。

                 大学に入ってからは全く新しいことを始めるか、野球を続けていくか悩んでいましたが、濱舘さんに勧誘されていたことや、部活の雰囲気に惹かれ、ソフトボール部への入部を決意しました。野球サークルなどとも悩みましたが、入部を決めた最大の理由は‘勝利の重み‘と ‘自分のミスに対する責任の重さ‘を経験できるか否かを重視したからです。本気で打ち込んでいる運動会出ないと、このような‘重さ‘を体感できないと思いました。このような‘重さ‘を経験することで、技術面でも精神面でもさらにレベルアップしていけると確信しています。

                 

                46期はマネージャー1人を含め計5人と少ないですが、全員で支え合いながら、さらに先輩を見習いながら、少しずつでも成長していきたいと思います。宜しくお願いします!

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                The University of Tokyo Softball Club